……桜の木には、魔法がかかってるんです。
鳥の、さえずり。
そよかぜが、木の葉をなでる音……
庭の桜が、また、その季節の役目を……終えようとしてる。
桜の花びらって、どうして散るときに何の音もないの?
ずぅっと、前……まだ、あたしがいじめられっこだった頃……
みんな、思い思いに理由を……言いました。
「だって、花びらなんて重さも何もないじゃない。」
「雨が降るだけでも散っちゃうんだから、弱いんだよ。」
……あたし……
ひとつだけ、とても大切な……言葉を、覚えてるの。
その日、あたしはもうすっかり……疲れちゃって。
横になったとたんに、すぅっ……と、寝ちゃったんです。
で、夜中にふと気がついたら……
お庭の桜の樹の下に、見たこともない男の子がいたの。
その子は、夜中なのに……暗がりの中で、桜の樹をずぅっと見てた。
肘を軽く腕で包んで、ぼんやり、と……
春だからって、まだ、すごく寒くて……
それで、軽くはおれるものを肩にかけて……
それで、あたしは……お外に出たの。
近くまで歩いていっても、やっぱり、寝ぼけてるわけでも幻でもなかった。
そこに、その子はいたの。
……男の子なんて……あに、くらいしか話せないはずなのに……
むこうから、微笑みかけてきたら。
……あたしは、普通に……お話ができたの。
……ねぇ、どうしたの?
『……え?』
ずぅっと、桜の樹を見上げて……
『うん……もう、散っちゃうんだなぁ、って……お別れなんだなぁ、って。』
お別れ?……桜と?
『うん、桜と。』
よく見たら……
……あたしは息を呑んだの。
それは……あたしが話しかけられるのも、当たり前だった。
そこには……あにの、そっくりさんがいたの。
……ううん、もう、暗がりでも……ほとんど、あにだった。
おわかれ……そうだね。
『うん。……一番好きな季節なんだけど、もう終わりかな?』
……春、好きなの?
『……うん。だって……ほら。』
!うわぁ、なに、これ?
『花びらだよ。さくらの、はなびら。』
手の中のそれはあきらかに……大きくて。
まるで、桜貝みたいだった。
散ったばかりにしては……大きすぎるって、今なら……おもうけど。
そのときは……全然、疑問にも思わなかったの。
……どんどん、散ってくね。
『……どんどん、散っちゃうね。』
……しずかだね……
『……うん、しずかだね……』
だって、風の音ばかりで。
枝葉がこすれる音だけが、たまに、響いて……
あとは、あたしと……男の子の、吐息の音だけ……
桜って、どうして散るとき……静かなんだろうね?
そのとき……その子は……そっと、答えてくれて……
でもそのとき、風は急に強くなって。
落ち葉がきりきりまいするくらい、はげしく、強く。
声に出しても、もう、何も音にさえならなくて……
息をすることさえ、辛く、腕で風をさえぎれるわけもなかったの。
……頭が、ふらふらして。気が遠くなって……
気が、ついたら……
……あたしは、窓辺で……桟にもたれて、眠ってた……
夢だったのかな?
そう思いながら、あたしは……学校に行くのが怖くて……
下に降りれば、そこには……現実よりも現実が……待ってるから。
まずあたしは、……当時まだ家にいた……あにの部屋に、入ったの。
……そしたら、そこには……
……やっぱり窓を開けて、桟にもたれて……あにが、眠ってたの。
ゆすって起こして……学校だよ、って言って……
そしたら、あに……肩に桜の花びらが乗っかってて。
……おかしいの、って……あたしが言ったら……
……今度は、あにが……あたしの肩に乗っかってる花びらを笑って。
びっくりしたの。
……あにも、夜偶然目が覚めて……窓から桜の樹と……
……女の子の姿を見たんだって……
……
肩に乗っかってた花びらを指でやさしくつまみながら。
……
……ねぇ、あたし……今日、学校行くの……こわく、ないよ。
そう、思ったの。
うふふ、なんでそんな話……思い出したんだろ。
あのとき、……あににした質問。
今でも、ときどき……繰り返しでも、……聞いてみる。
そのたびに、……あには、いろいろな言葉をくれるけど……
……必ずね、……言ってくれる言葉が、あるんだよ?
ちょっぴりてれくさそうに。
それでいて、とっても……すてきな、微笑で……
……ねぇねぇ、桜って、どうして何も言わずに散っちゃうのかな。
肩に、桜の花びらを乗っけながら。
……あたしが見た、桜の木のふもとの男の子。
……あにが見た女の子は、こう、聞いてきたんだそうです。
ねぇねぇ、どうして……桜って、散るとき静かなんだろうね?
……思い出すなぁ……桜並木を歩きながら、あたしは思った。
桜の花びらが、どうしてもみんなに別れをうまく告げられなくて。
……それで、なんにも言わずにどこかに行ってしまうの。
でも、あたしは……どうして散るのかの理由を聞きたいわけじゃない。
……お隣にいて……一緒にお買い物してくれてる……あに。
桜の花びらは、まるで雪みたいに町中を飛んでいて。
夢だったのかな。
それとも、本当のことだったのかな。
でも、ね。
どっちでもいいんだ……だって。
……欲しいのが答えじゃなくて、たまに……応えの時も、あるから。
……きっと今年も、……あには、こう、応えてくれる。
桜の花びらは、どうして毎年何も言わず散っちゃうの?
あの日出逢った男の子は……もう、今はいないけれど。
でも、きっとその時の言葉は……
今でも、生きてる言葉だと思うの。ずっと、生き残る言葉……
……肩に花びらを乗せながら。
あの男の子が言った、言葉。
「さびしいね。でも、きれいだね…。」
……きれい、だね……
町も、時間も、そして、あたしも……
きれいなものを、きれいだと証明するために……
うふふ、あに。
桜の魔法は……春の一夜の魔法かもしれないけど。
……あに、魔法って……
きれい、なんだね……
ぶわっと、風に舞い上がる桜の花びら。
大切な……明日の香りが、しました……
4月SSは、ちょっぴり不思議目に。
寝ぼけただけなのか、それとも話をしたのは逢とあになのか?
何かを問いかけられた時、とっさに答えが出ない時。
それならば、と、「応え」ようとする……
そういうのが、ゆきは……好きです。
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